室蘭清水丘高校 東京同窓会

母校の校歌、逍遥歌、優勝歌のページ

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【逍遥歌】の来歴、逸話などはこちらです

【校歌】    校歌[MP3:2250KB]
      校歌歌詞、譜面[PDF:128KB]

【校歌(吹奏楽版)】
      吹奏楽校歌[MP3:503KB]

  校歌 ピアノ伴奏譜 2010年の総会で使用した伴奏譜です。
       校歌ピアノ伴奏譜[PDF:1038KB]

【逍遥歌】
     逍遥歌[MP3:1100KB]
     逍遥歌歌詞[PDF:62KB]
     逍遥歌メロディ[PDF:62KB]

【優勝歌】
     優勝歌[MP3:1370KB]
     優勝歌歌詞[PDF:65KB]

逍遥歌について

作詞者 田中宏尚さん (第二期卒業生) 時期:昭和27年
メロディー  旧制第七高校(鹿児島市) 造士館 寮歌を拝借

1.来歴

昭和27年(未確認)の生徒会で、男女共学として新たなスタートを切ったばかりの学校で、逍遥歌がない為歌詞を生徒に公募し、田中宏尚さん(当時生徒会長)の作品が採用されました。出来上がった当時は、旧制第七高等学校の寮歌の節を拝借して、作詞者のお母様が唯一記憶されていたメロディーを、当時の応援団リーダー達が直接指導を頂き覚えて、生徒に教えていき完成したそうです。それは男子が高らかに歌い上げる素朴な物だったそうです。
 我が東京同窓会の総会・懇親会の席上で、一期の先輩からこの節を代えて四拍子の歌いやすい物にして、歌詞を一層引き立てるような工夫がないか問われたところ、金光洋助さんに白羽の矢が立っていろいろ調査されて工夫され、現在皆さんが歌われているメロディーになっています。果たして非常に清感が盛り込まれた親しみやすさに好評を博されたそうで、年を追うごとに逍遥歌への期待度が上がっていったことと、作詞者の田中宏尚さんが大変気に入られたことで、現在聞ける形が完成しました。

2.背景

昭和25年、六・三・三制度の教育を実践するため、北海道立室蘭女子高等学校を母体に男女共学化して、北海道室蘭清水丘高等学校と改称し新たな学校の歴史が始まりました。一方、男子の学校として大正6年創立の北海道庁立室蘭中学校は、二つの学区へ分割され、第一期と第二期の先輩達は新生の北海道室蘭清水丘高等学校へ転向させられたそうです。生徒の移動だけではなく、応援歌や優勝歌もそれぞれの学校へ引き継がれたが、転向を余儀なくされた生徒からは、独自の生徒の歌への期待が高まって行き、また自分達の学校を創り上げてゆこうとの気魄が漲っていって、この逍遥歌が作られる切っ掛けになったそうです。

3.逍遥歌に纏わる逸話

(1)作詞者の田中宏尚さんの気持ち 「初めての男・女共学が始まった。不馴れな環境ではあったが、大変刺激的であった。お陰様で現在のカミさんをゲットできた。(30周年記念誌より)」と書かれておられ、無理やり転校させられて慣れない男女共学の生活を、様々な若い思いを込めて作詞されたのだろうと想像できます。

(2)二十期卒業のある同窓生が、上京後田中宏尚さん宅へ下宿生として一時期お世話になっていたことがあったそうです。当時風呂を頂くと、風呂場に漆黒の墨で書いた逍遥歌の歌詞が貼ってあることに気が付き、驚きと感激を覚えられたそうです。つまり、田中宏尚さんのこの歌への思い入れの強さを実感したとのことです。当時田中先輩は農林省の大事なお仕事で神経をすり減らされて居られる中、帰宅後の寛ぎの場でもある風呂場には、ご自身の学生時代を彷彿とさせるこの歌詞を張って、リフレッシュされておられたのだろうと感じたそうです。きっと、青春の一ページを思い出しながら、鋭気を養って日々の激務もこなされて、なおかつ東京同窓会のことも常に頭から離れなかった、紛れもない事実に感動を覚えられたとコメントされたそうです。